東京地方裁判所 平成8年(行ウ)68号 判決 1997年2月27日
原告 小暮フミ
被告 東京都
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
(主位的請求)
被告は、原告に対し、金一六八九万六五五一円及びこれに対する平成八年五月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
一 被告が起業者として施行する日野都市計画道路事業三・二・七号落川府中線のための土地収用事件について、東京都収用委員会が平成八年一月一八日付けでした裁決(平成七年第二号、平成七年第二号の二)中、原告に対する別紙物件目録記載の各土地に対する損失補償金を六〇〇六万九一七五円と変更する。
二 主位的請求と同旨
第二事案の概要等
一 本件は、都市計画道路の用地予定地内に土地を所有し、その一部を被告に任意売却した原告が、その余の土地については、借地権を主張する者がいたために任意売却ができず、後に土地収用法に基づく収用裁決を受けたところ、右裁決額が右任意売却額に比して低額にすぎるとして、被告に対し単位面積当たりで右任意売却額と同水準の損失補償額を支払うよう求めて出訴した事案である。
二 関係法令の規定
土地収用法は、起業者が事業の認定の告示があった日から一年以内に収用又は使用の裁決の申請をしないときは、事業の認定は、期間満了の日の翌日から将来に向かってその効力を失うとし(同法二九条一項)、収用する土地等に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額としている(同法七一条)。さらに、同法は、収用に係る土地の所有者は、事業認定の告示があった後は、権利取得裁決の前であっても起業者に対し土地に対する補償金の支払を請求することができるとし(同法八条二項、四六条の二第一項)、右補償金の支払請求は、起業者に対する裁決の申請請求とあわせてしなければならないとし(同法四六条の二第二項、三九条二項)、裁決の申請の請求をした日から二週間以内に起業者が右申請を行わなかった場合には、収用委員会は権利取得裁決において、年一八・二五パーセントの割合により裁決の申請を怠った期間の日数に応じて算定した過怠金を支払うべき旨の裁決をしなければならないとしている(同法九〇条の四)。また、同法は、期間の計算方法は民法によるが、土曜日は同法一四二条の規定によるその他の休日とみなすとしている(土地収用法一三五条一項)。
都市計画法は、都市計画事業を土地収用法三条各号の一に規定する事業に該当するものとみなして同法の規定を適用するとしているが(都市計画法六九条)、右事業については認可又は承認(同法五九条)をもって土地収用法にいう事業の認定に代えるものとし、右認可又は承認に係る告示(都市計画法六二条一項)をもって土地収用法にいう事業の認定の告示とみなすとともに(都市計画法七〇条一項)、都市計画事業については土地収用法二九条の規定は適用せず、同条一項の規定により事業の認定が効力を失うべき理由に該当する理由があるときは、事業の認定の告示が右理由が生じた時(以下「みなし告示時」という。)にあったものとみなして同法七一条の規定を適用するとしている(都市計画法七一条一項)。
したがって、都市計画事業の認可又は承認に係る告示から一年より後に収用又は使用の裁決がされる場合には、右告示から一年を経過した日ごとに、権利取得裁決に係る補償金の額の算定基準時となるみなし告示時が順次移動することとなり、右補償金の額は、直近のみなし告示時における相当な価格に権利取得裁決の時までの修正を加えて算出されることになるが、収用に係る土地の所有者が裁決の申請請求をした場合に、起業者が過怠金の裁決を避けるためには右請求から二週間以内に裁決の申請をしなければならず、起業者が裁決の申請を行えば補償金の算定基準時は裁決申請時の直近のみなし告示時となる。
三 本件に至る経緯(当事者間に争いのない事実等。なお、書証によって認定した事実については、適宜書証番号を掲記する。)
1 原告は、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を所有していたところ、本件土地及びその周辺の原告所有地は、昭和六三年二月六日に都市計画事業の認可の告示があり、平成元年六月一六日に名称変更された日野都市計画道路事業三・二・七号落川府中線(日野市大字一の宮を起点として、府中市四谷三丁目を終点とする幅員二八・二メートルから三三メートル、延長約一・一キロメートルの道路を築造しようとするものであり、以下「本件事業」という。)の用地予定地となった。(甲一号証)
公図上の本件土地は、別紙一の斜線部分である。(甲四号証)
2 原告は、平成五年一月一九日、本件事業の用地予定地内の所有地のうち本件土地を分筆した上、本件土地を除く部分について、同月二七日に起業者である被告に対し一平方メートル当たり四九万〇五〇〇円で売却した。しかし、本件土地については、山崎恒己(以下「山崎」という。)が普通建物所有目的の借地権を有する旨主張し、平成六年一〇月一一日には東京地裁八王子支部に借地権確認を求める旨の訴え(東京地方裁判所八王子支部平成六年(ワ)第二三三八号、以下「別件訴訟」という。)を提起する等していたことから、被告は、平成七年二月八日、土地収用法三九条一項に基づいて本件土地に係る収用の裁決を申請し、同年七月二〇日、同法四七条の二第三項に基づいて明渡裁決の申立てをした。(甲一号証)
3 平成八年一月一八日、東京都収用委員会は、本件土地の収用及び明渡しを命じ、本件土地に対する損失の補償につき、土地収用法四八条五項に従い、山崎に借地権があると確定した場合には三四一七万二六二四円、同人に使用貸借権があると確定した場合には七〇〇五万三八七八円とする旨の裁決(平成七年第二号及び平成七年第二号の二、以下「本件裁決」という。)をした。なお、東京都収用委員会は、本件事業に係る認定の告示があったものとみなされる平成六年二月九日(以下「本件みなし告示時」という。その計算方法は、別紙二のとおりである。)における本件土地の価格は被告が見積もった額よりも低額であったとして、被告見積額(一平方メートル当たり四一万円)を採用し、これに本件土地の面積を乗じた上、借地権の底地価格を更地価格の四〇パーセント、使用貸借権の底地価格を更地価格の八二パーセント、本件みなし告示時から権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を〇・九九八八として、右補償額をそれぞれ算定した。(甲一、乙一〇号証)
4 原告は、平成八年二月二九日、被告から原告に帰属することについて争いのない三四一七万二六二四円を受領した。被告は、同年三月七日、土地収用法九五条二項二号、同条四項に基づいて、支払の相手方が未確定である三五八八万一二五四円につき、平成七年度金第五二五六号をもって東京法務局八王子支局に供託した。
5 平成八年四月三〇日、東京高等裁判所第一五民事部において、原告と山崎との間で別件訴訟(東京高等裁判所平成八年(ネ)第七三四号)について和解が成立した。右和解の要旨は、前記4の供託金のうち九〇〇万円については原告が、その余の部分については山崎がそれぞれ還付請求権を有することを相互に確認するとともに、山崎は原告が本訴において取得することのあるべき補償金等について何らの権利主張をしないというものであった。
平成八年六月三日、原告は、右和解に基づいて前記4の供託金のうち九〇〇万円の還付を受けた。
四 争点に関する当事者の主張
本件の争点は、本件裁決が評価時点を本件みなし告示時としたことが適法か否かであるところ、これに関する当事者双方の主張の要旨は以下のとおりである。
1 原告の主張
都市計画事業は執行に相当の長期間を要するから、一年ごとにみなし告示時が更新されていくことには合理性がある。しかし、土地収用法七一条の趣旨が事業認定の地価に与える影響を排除する点にあることからすれば、補償金の算定時期までみなし告示時に併せて更新することには合理性がないから、都市計画法七一条は憲法二九条三項に違反する。したがって、本件においては、原告が本件事業の用地予定地内の所有地のうち本件土地を除く部分を被告に売却した時点を評価時点とした価格(更地価格で一平方メートル当たり四九万〇五〇〇円)で補償するのが最も合理的であり、本件裁決が評価時点を本件みなし告示時としたことは違法である。
2 被告の主張
本件裁決が評価時点を本件みなし告示時としたのは都市計画法七一条一項、同法六九条によって準用される土地収用法一三五条等の規定に従ったものであるから、適法である。
第三当裁判所の判断
一 既に第二の三において摘示したところに照らせば、本件裁決が本件土地に係る評価時点を本件みなし告示時とした点には、都市計画法及び土地収用法の規定に反する点がないことは明らかである。
もっとも、原告は、都市計画法等の規定にかかわらず、原告が本件事業の用地予定地内の所有地のうち本件土地を除く部分を被告に売却した平成五年一月二七日を評価時点とすべき旨を主張するので、右主張につき検討する。
二 土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくするような補償をすべきであり、金銭をもって補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを得るに足る金銭の補償を要するものというべきである(最高裁昭和四六年(オ)第一四六号、同四八年一〇月一八日第一小法廷判決・民集二七巻九号一二一〇頁参照)。このように、被収用者が収用後において近傍に被収用地と同等の代替地を取得できなければならないという憲法二九条三項の要請からは、補償金の算定基準時と支払時とを可及的に一致させることが必要となる。もっとも、既に摘示したように、土地収用法七一条は、補償金額の算定基準時を事業認定の告示の時としており(価格固定制)、地価の一般的な下落局面においては、この価格固定制によることが被収用者にとって有利となるが、右規定の主要な眼目は、原告も主張するとおり、起業利益の帰属の適正化、すなわち、権利取得裁決の遅れの故に土地収用に係る事業に基づく利益を被収用者に帰属させることを避ける点にあり、被収用地と同等以上の代替地を取得するに足る補償金を得る権利を認めようとするものではないから、都市計画法七一条がこの価格固定制を採用せず、補償金の算定基準時をみなし告示時と定め、これと支払時との時差を一年以内とする方式を採用したことが憲法二九条三項に違反するものではないことは明らかである。
なお、価格固定時から権利取得裁決時までの間の地価の上昇により、被収用者が補償金を取得した時には被収用地と同等の代替地を取得できないといった事態が生じ得るため、土地収用法四六条の二は価格固定制との調和の観点から補償金の支払請求の規定を置いているところ、この規定は都市計画法にも適用されるから(同法六九条)、地価の下落局面において被収用者が早期に補償金を取得したいと望む場合には、補償金の支払請求の方法によることも可能なのである。
これを本件についてみても、乙六号証の三によれば、本件土地周辺における地価が不動産鑑定によって平成五年二月初めから平成六年一月末までの間で六パーセント下落しているものと判定されたことが認められることからしても、本件裁決の算定基準時が原告の主張する平成五年一月二七日であれば、原告に支払われるべき補償額が本件裁決の額よりも多額となったであろうことは優に推認できるが、この差額が原告に帰属すべきものと認める理由がないことは右に説示したとおりである。また、本件土地を早期に換価したかったのであれば、原告が本件土地の所有者であること自体は争いがなかったのであるから、原告は、遅くとも本件土地以外の用地予定地内の土地が売却された平成五年一月二七日以降には、都市計画法六九条、七一条一項、土地収用法四六条の二第一項により被告に対し補償金の支払を請求するとともに、同条二項、三九条二項により裁決の申請を請求することが可能であったものと解され、その場合、乙一〇号証によれば、被告が平成五年二月八日までに裁決の申請をした場合にはそのみなし告示時は平成四年二月七日、平成五年二月九日以降平成六年二月八日までに裁決の申請をした場合でもそのみなし告示時は平成五年二月九日となったものと認められる。
なお、被告が本件土地につき更地価格で一平方メートル当たり四九万〇五〇〇円で原告から購入する旨の契約ないし予約を締結したものと認めるに足りる証拠もない。
以上によれば、原告の主張が採用できないことは明らかである。
三 そして、甲一号証及び乙六号証の一ないし三並びに弁論の全趣旨によれば、本件みなし告示時における本件土地の価格は本件裁決に係る価格を上回らないものと認めることができ、本件みなし告示時から権利取得裁決時までの物価変動率等も相当と認められる。
したがって、本件裁決のうち、損失の補償に係る部分は適法である。
四 以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富越和厚 竹野下喜彦 岡田幸人)
別紙物件目録、別紙一<省略>
別紙二
事業認定の告示があったものとみなされる日<省略>